1月 31日(木) 第三工場兼倉庫着工    

第三工場兼倉庫の建設が始まる。きょうは大安ということもあるのだろうが、基礎工事から入っていく。5月31日が工事完了となっているので、折々、節目節目で、この日記でも紹介させていただく。まあ、今年は建物のみで、(鉄骨2F建て・延べ床面積367平方メートル)機械設置は後に。しばらくの間は、倉庫として使っていく。

さて、真壁の雛祭りがもう少しで開催される。弊社でもすいとん関係で、昨年には群馬・曽我製粉などにも見学にも行ったりしたのだが、やはり、すいとん会の方々は、地元小麦にこだわっているようで、群馬のものは採用されないでしまった。ただ、弊社は群馬の小麦が、すいとんにとても適していて、味や食感もとても良いので、弊社第二工場直売所では、それを自信を持って販売していく。

茨城のここ真壁の小麦も、もちろん悪くはないが、(おそらく、品種は農林61号)小麦は、その後の処理、いわゆる、製粉設備により、とても大きな比率で、その製品(小麦粉)の品質の良し悪しに関わってくる。

ちょっとそのへんの軒先にあるような、小さなどうでもよいような、簡単な設備で小麦を挽いても、とても良い品質の粉は獲れたりしない。とりわけ、農林61号自体、今となっては、なんの特徴もない、ただの小麦の品種なのだから。

あまり、地元、地元にこだわり、そればかりが先行して、すいとんの大切な役目を果たす、小麦粉をおろそかにしてはいないだろうか。私は挽くところを知っているが、お世辞にも良い設備には到底思えない。  野菜や醤油などを地元にこだわり、小麦粉などは、ある程度の品質の良いものでも良かったと思う。そのへんを、すいとん会の方々は、地元優先で全部が全部地元で・・・というのにも少々無理があるような気がしてならない。

まあ、いずれにしても、末端の消費者がその味の判定をするわけだが、ダシや具は美味いのだが、「肝心のダンゴが不味いよ」などと言われないように、良い粉を挽いてもらいたいものだ。

ただ、あえて強調して言うが、群馬県産小麦「絹の波」を使用した、すいとん粉のほうのが、すべてにおいて勝っているとういうことを声を大にして言いたい。弊社、第二工場直売所に取り揃えてあるので、是非ともお試しの程を!

 
1月 30日(水) 昼蕎麦    

きのう買って来た つば屋 の包丁で蕎麦を打った。打つのが難しい丸うすアラ挽き粉を使用してみた。もちろん、きこうち、十割蕎麦である。丸うすアラ挽き粉は、40メッシュとなっているが、臼を浮かせ気味にした粗めの蕎麦粉で、40メッシュ付近の粒子で揃えた粉なので、実際の感覚は30メッシュくらいの粗さになる。

加水も50%入れてみた。粗めなのでビクビクしながら丁寧に扱い打ったためか、なかなか上手く出来上がった。やはり、良い包丁は切れ味抜群だ! 切っていても、ストン、ストンと音が違う。角の立ち具合も違う。もちろん、昼に食べたその丸うすアラ挽き粉使用の蕎麦も、一味も二味も違った。

午後は、友人Kちゃんと会ったが、しばしの間、蕎麦打ち談義をした。今度は一杯飲みながら楽しもう!

 
1月 29日(火) 合羽橋つば屋訪問と浅草・尾張屋    

朝、次男が入学するJ学院高の入学手続きを行った後、その足でTXつくば駅から浅草の合羽橋まで出掛けて来た。つば屋で左利きの包丁を購入する為である。左利きは割り増料金となっていて、少し良い目の物で、片手ほどの予算を割いた。

包丁を購入した後は、少し早いが、尾張屋に行き、蕎麦を食べてきた。尾張屋は天丼でも有名で、TV等でも何回か観たことがある。天せいろ(並)950円を注文。少し色の付いた細めの機械打ちの蕎麦である。22番か24番切り刃の冷麦みたいに細い蕎麦である。不味くはないが、取り立てて旨い!というほどのものでもない。つゆのほうのが良い味を醸し出していた。海老は少々大きめだが、特筆するべきものでもない。

まあ、老舗で有名店で、TVなどでも取り上げられているので、そちらのほうのが先行していると見えた。私は2階の座敷の4人掛け(とは言え、普通ならば2人掛けくらいの狭いテーブル)に通されたのだが、「おっ、こりゃいいや、ゆったりと食べられるな」と思っている矢先、店も昼近くになり込んで来て、サラリーマン二人があとから来て、相席となってしまった。何せ、狭い4人掛けの席である。見ず知らずの人たちと、30センチの距離で顔を見合わせながら食べていると、とてもじゃないが、正面の顔が気になり、食べてるところじゃなく、少しも美味しく感じてる暇がなかった。蕎麦もどこに入ったか分かった物じゃない。

営利優先のギュギュー詰めの営業なので、このような店は間違っても昼時にひとりでは入店するもんではないと、強く確信した次第である。従って、蕎麦の評価も前記するように、あまり良くは書けないでしまった。もちろん写真もなし。3〜4人で訪れれば良いのではないかとも思う。

さあ、その後は、またTXにて帰途に着き、つくば駅近くの コウシンハンヤ でカレーを食べて口直しとした。2時過ぎには会社に戻り、先ほど購入した包丁の具合を見るために蕎麦を打った。わざわざ出掛けて、納得のいくものを購入した積もりなので、蕎麦の切れ味も、一味も二味も違った。

 
1月 28日(月) 関城・大むら蕎麦店で新年会 (筑西市)    

昨晩は、同級生4人で、関城・大むら蕎麦店で新年会を。  Tあられ本舗社長Aくん、Sモンキーズ学童野球監督Hくんは高校時代の同級生、それから、名門W大卒、フィナンシャルプランナー保険代理店社長Tくんは中学時代の同級生。そして、私、蕎麦粉屋の4名である。

大むら蕎麦店は、夜は居酒屋形式となる。刺身盛り合わせ、天ぷら盛り合わせなどに舌鼓を打ちつつ、日本酒、焼酎で盛り上がり、〆は弊社の特つくば蕎麦粉を使用した、盛り蕎麦で。蕎麦湯で余韻楽しみ、二次会へ。下妻行きつけでカラオケに興じ、11時ごろには散会する。

気心知れた同級生なので、とても楽しい時間を過ごせた。さあ、きょうから1週間の始まりだ。昨晩のエネルギー充填で、無事乗り切ろう!

 
1月 27日(日) 蕎麦はメタボ対策!?    

朝方打った、店長自慢の手打ち蕎麦で昼飯とした。少し太めに切ったものを、「ひやあつ」で。ひやあつとは、冷たい蕎麦に熱い汁で、ということである。外二の配合率なので、噛み締める度に、蕎麦のエキスが麺から歯に伝わり、そして、食道を通って胃へ入る。栄養は胃壁から十分に吸収されて体調も万全、また、メタボ対策にもなる。実際、蕎麦を常食としている私も、ここのところ2〜3キロ痩せてきた。メタボに蕎麦は最適である。

先週から始めた、「店長自慢の手打ち蕎麦」もだんだんと人気が出てきた。昨日用意した物も、今朝すぐになくなり、午前中2度ほど捏ねた。昨日も日記に書いたが、包丁を重い、青二胴の良いものに変えたならば、見違えるように切りやすくなった。だいぶ慣れてきたので、思うが侭に、太さも調整できつつある。

さあ、きょうは夕方から、千代川と関城と真壁の同級生と私の4人で、関城の変わった蕎麦屋で新年会である。蕎麦屋で憩うを地でいきたい!と思う。

 
1月 26日(土) 新年会に山岡家に蕎麦打ち    

 

 
1月 25日(金) 八割蕎麦    

私の住まいの方の10年点検に、第三工場の準備(そろそろ着工)、その他諸々、何かと忙しい。1月2月は直接的な商売は、静かなのだが、それ以外のことで予定はイッパイイッパイである。でも、とても気が張っていて、毎日が充実していて楽しい!

さて、先日、長野に行ったときのお土産にいただいた蕎麦がたくさんあったので、いろいろある中から、八割蕎麦をチョイス。本日の昼飯とする。乾麺で八割の配合率は、異例で珍しい。また、それだけに造るのも難しい。

少し幅広で太めなのだが、茹で時間も5〜6分と書いてある。その調理例に従い、5分30秒ほどで鍋から上げてみる。ジャージャー流しぱっなしの冷水で丁寧にヌメリを洗い落とす。乾麺の八割配合なので、少しもろいかなと思うも、思いのほかしっかりとしている。やはりこのあたりは、蕎麦文化のレベルの高い長野県のメーカーの製品だけのことはある。また、粘着のある石臼粉を使用しているみたいでもある。

少し濃い目の江戸前風めんつゆに、その茹で上がった八割蕎麦の下先3割ほどつけて、一気にすすり上げる。八割配合の蕎麦の香りが、鼻先から脳のほうへ筒抜ける。これぞ至福の時。旨い蕎麦を食べる時に感じる、独特の感覚である。〆は蕎麦湯をたっぷり注ぎ、フーハフーハと味わいながら堪能。なかなかの昼蕎麦である!

 
1月 24日(木) 丸三蕎麦店での食べ方 (桜川市真壁町)    

久々に丸三蕎麦店に昼食に出掛けて来た。私が丸三に行くと、まず最初にやることは、コップにディスペンサーより水を注ぎ、飲むことである。次に、テーブルの下を覗き込み、いちばん新しい号の「週刊文春」を探すことである。他に客が居て、先に新しい号の文春を取られている時には、その次に古いもので我慢する。

さあ、そしてそこでようやく席に座り、マスターに蕎麦を注文する。ここまでの時間はおよそ45秒である。注文する品は、今は天鶏蕎麦の大盛り、または、カレー蕎麦の大盛り、または、天カレー蕎麦の大盛りの3種類のうちのどれかである。まあでも、最近は天鶏蕎麦が多いかな。胃袋が小さくなったのか、以前のように二品は頼まなくなった。全部食べられない。

さて、そのようなわけで、きょうもいつものように、天鶏蕎麦の大盛り600円を食べた。(今年になり若干値上げ?)  いつものように美味しい。蕎麦をススリ、つゆの沁みた、かき揚げの天ぷらを頬張り、そして、鶏肉をぱく付く。動作の最後はつゆをゴクリ。大体これらの動作を10回くらい繰り返すと、丼1杯を食べ終えることができる。相変わらずのハーモニーを楽しむことができる。

これから真壁の雛祭りが始まり、もし、もしである。ヨソから来た客が丸三蕎麦店に入り、水が出て来ない、テーブルが少しつゆで濡れている、注文を聞きに来ない・・・そんなことで立腹するようなら、そのような客は丸三蕎麦店には入らないほうが良いだろう。そんなことは自らしないといけない。それが私の愛する丸三蕎麦店での食べ方である。掟である。それに慣れた人だけ(堪えられる人だけ)訪れるが良い!

 
1月 23日(水) 運営委員会後、ラーメンだい友へ (桜川市真壁町)    

真壁小PTAの運営委員会の後に、ラーメンだい友へ。写真のような品々をツマミにしながら、最後は醤油ラーメンで〆る。いやぁーそれにしても、ここのラーメンは旨い! 以前、午前中の早い時間に来た時に、なにか煮干のような魚がたくさんテーブルの上にあったのを見たことがあるので、やはり魚介系スープなのだろう。豚などから出るラード系が入っていないので、体にも良さそうだし、魚のDHAも抽出されているだろうし、なかなかのスープである。私の中では、ここのラーメンは隠れ一位となっている。
もし、この店が都内などの人口密集地などに在ったなら、おそらく行列店になること間違いなしであるだろう。

さて、友人のKちゃん、蕎麦打ちの技術も日々進化しているようである。ホントにこれは近い将来、趣味が高じて、自宅改造の蕎麦店開業などとなるかもしれないな。その時は、花束たくさん持ってお祝いに駆けつけよう!

最近、結構飲み食い激しくなってきたが、朝、体重計るとまだ82キロ台をキープしている。でも、よくよく考えてみると、ご飯も一膳だし、蕎麦店行っても2食食べなくなったし、ラーメン食べてもお腹一杯で、スープまで飲み干せなくなってきたし、おかずの中心も魚が多いし、そんなこんなことで太らないでいるのだろう。今年の健康目標は、そのようなことからして、年内に70キロ台突入である。

 
1月 22日(火) 長野県御代田町へ    

きょうは長野へ出張の日である。都内の問屋さんと同行なので、真壁を朝7時過ぎに出て、いつものTXで秋葉原へ。日比谷線に乗換えで、2駅ほどで問屋さんへ着く。少し歓談したあと、問屋さんの車で長野の佐久方面まで出発する。

関越道、上信越道で3時間ほどで佐久インターまで。 途中、横川サービスエリアで小休止。その後、妙義山が見えて来て、私はこの妙義山を見ると、昭和45年だったと思うが、浅間山荘事件を思い出す。犯人たちは、妙義山山中を野宿しながら、浅間山荘にたどり着き、そこで、犯人たちは山荘の管理人を人質に立てこもり事件・・云々。今もときどき語り継がれている事件である。

さて、ちょうど昼過ぎ、佐久市の隣にある御代田町の目的の製麺会社に着いた。ちょっと挨拶方々雑談をして、製麺会社常務さんと、小諸市の やまへい という茅葺屋根の大きな手打ち蕎麦屋さんへ昼飯を食べに行く。蕎麦定食確か1785円に喉を鳴らし、美味しい手打ち蕎麦をご馳走になる。打ち場では女性が見事な手打ち蕎麦を打っていた。

その後、その御代田町の製麺会社まで戻り、工場見学をゆっくり時間をかけて行ない、見事な製麺技術並びに、製品に対する真摯な取り組みを拝見させていただいた。これで、弊社の麺製品の将来像がなんとなく見えてきた。依頼するならばこのようなレベルの高いところに依頼せねばならない。長野県の製麺業者、とりわけ蕎麦を製造する業者は皆、競りあい、レベルの向上に努めている。先ほども書いたが、きょうはそんな工場を見学できて、とても有意義且つ、弊社の将来の方向性が見えてきた。とても良い今回の長野行きであった。

さあ、そんなこんなで都内へまた問屋さんと舞い戻り、時間は夕刻。道路も空いていて、(というかホントに景気が悪いみたいで、トラックが少ない)3時間かからないで戻ってきた。まあ、軽く一杯ということで、問屋さんの隣の居酒屋さんでお疲れさん会。刺身や湯豆腐素麺など、美味しいものに舌鼓を打ちつつ、色々諸々歓談する。そしてその後、TXで帰途に向かう。が、真壁に戻る前に、エンジンかかり、下妻行き付けで少し飲み、代行で家に戻ったときは日付が変わろうとしていた。

 
1月 21日(月) 手打ちらーめん 小三郎の土産餃子    

次男も受験も無事終わり、合格通知もキチンといただき、最後の中学生活を謳歌していると見え、昨日の日曜日は、友人たちとTXを使い、都内は秋葉原、新宿、原宿と遊びに出掛けた様である。入寮まであと2ヶ月。遊べるのも今のうちだけなので、しっかりと遊んだほうのがよい。とは言え、2月は毎日曜日ごとに、事前学習とやらで、土浦まで通わなくてはならず、実質的な休日は残り少ない。だから、今のうちにおもいきり羽を伸ばしたほうが良いだろう。

さて、その次男の友人のお父さんが、昨日、栃木は下都賀郡大平町にある、ラーメン小三郎という店に行ったようで、その土産に餃子をいただいた。この小三郎は手打ちラーメンの店で、生姜ラーメンと餃子で有名な店である。

早速その土産の餃子を食べてみると、中身の餡は野菜のみのようである。ニラ、キャベツ、ネギなどが主体のようである。肉は一切使ってない。普通、野菜だけの餃子だと、なかなか旨味と特徴を出すのが難しいのだが、この小三郎の餃子は、活きの良い野菜をたっぷり使い、餃子の皮も、モチモチ感がたっぷりで、とても美味しかった。大き目のモチモチとする皮に、野菜の餡がたっぷりと入っている。

普通、あまり芳しくない餃子は、噛んだ時に皮と餡との間に空洞があり、肩透かしにあったようで、なんか拍子抜けしたようになる。ところが、この餃子は噛んだ時に、すぐに野菜からの旨味たっぷりなジューシーなつゆが口中に走り、その後、皮の旨味が付いて来て、至極幸せな食べ心地感が残る。いずれにせよ、なかなかの逸品である。

私は餃子で好きなのは、旧協和町にある こうりゅう という店の肉餃子が好きだったが、この小三郎の餃子は、それに匹敵する野菜餃子である。脳内にしっかりとその美味しさがインプットされた。今度は是非とも店に訪れ、名物の生姜ラーメンと、この餃子に舌鼓を打ちたいものである。わざわざでも訪れてみたい店である。

 
1月 20日(日) 東京ラーメンドラゴン (下妻市ジャスコの隣)    

流通量販店業界もイオンとヨーカドーに二分されるだろう。私の住んでいるところから、車で20分のところに、ジャスコ下妻店があるのだが、先ほど午前中に所用で行ってみると(麺類の市場調査)、車の波、押し寄せる人の波で、店内もかなり込み合っている様だ。ただ、良く観察していると、そうたいした大買い物をしているようでもなく、何かしら店内を歩いて、いわゆる、雰囲気、ウインドショッピングを楽しんでいるようでもある。

今朝ほどもニュース番組などで、評論家諸氏が、アメリカのサブプライムローンにはじまる景気の減速、株価の暴落、そして、原油高などによる中小企業の倒産などなど、さらに、この春以降の小麦の大幅な値上げなどなど、消費者の財布の紐は益々固くなり、景気の悪化に拍車をかけるだろうと予測しているように、なかなか厳しい状態にあるようだ。景気が悪化しつつ、しかも物価も上昇するというスタグフレーシヨンの到来である。買い物客の動向を見ていても、それは実感できる。

麺類のコーナーを観察していると、やはりこの1週間の寒さの厳しさからか、鍋に入れてすぐに食べられるような、1食60円から80円くらいの茹で麺に人気があるようだ。5人家族なら5食分、3人家族ならば3食分と余計には購入していかないようである。必要な分しか買わないよ・・ということでもあるのだろう。まあそれはそれで当然かもしれない。また、生麺類などは、やはり日持ちさせる為には、添加物が必要なことからか、そのような添加物により、どうしても敬遠されがちのようだ。山のように積まれているそばうどんも、嫁入りできずに売れ残る物も相当数あるように思う。

そのようななか弊社においても、まだまだいくらも商売にはならないが、趣味と実益を兼ねて、朝方造った、私の打つ手打ち蕎麦が、先ほど売れてしまったようだ。1回に600グラムの粉(せいろ蕎麦粉500グラムとつなぎ100グラムのいわゆる外二)しか打たないので、精々6食分なのだが、真心込めて打つ太めの蕎麦に人気が出てくればいいなぁとも考えている。無添加で安心な一品でもある。また午後も2〜3回打つ予定である。

さて、下妻ジャスコの隣に、東京ラーメンドラゴンがあるのだが、そこの和風だしラーメンが抜群の味を醸し出している。きょうの昼も先ほど寄り食べてみたが、久々に食べる逸品にも味のブレはまったくなく、ものの3分程で食べ終わってしまった。私が食べるのがあまりに早いので、店の人もびっくりしたかもしれない。でも、美味い物は旨い!だから、間髪入れずに一気に食べてしまうものでもある。

さあ、午後はこれから製麺室に入り、また蕎麦打ちに勤しもう!!

 
1月 19日(土) 凧揚げと焼き芋    

午前中、真壁小プレースクール、親子凧づくりに参加してきた。講師の先生の指導の下、凧作りに精を出し、その後、凧揚げ大会。 が、ほとんど無風にて凧は揚がらず。でも、最後にあらかじめ焼いておいた焼き芋をみんなで食べて終了の運びとなる。私は芋焼きに専念したが、寒気厳しい中も、火の暑さで汗ビッショリとなり、サウナに入ったようになる。まあ、でも、子供達と戯れて、とても楽しかった。

その後は会社に戻り、自分で打った蕎麦で昼食とする。まだまだ厚みに一定性がなく、太めの蕎麦となってしまう。が、噛めば噛むほどに蕎麦の味がにじみ出てくる。究極の蕎麦粉も良い具合のようだ。

さて、午後からは何をしようか? 粉挽き?蕎麦打ち?調べ物?いろいろせねばならないが、順番で行こう、順番で! そして、夜は外食にでも行こう。

 
1月 18日(金) 鍋素麺    

棚を覗くと頂き物の素麺があったので、(弊社にも売るほどあるのだが・・)さっと硬めに茹でて、昨晩の残りの鳥鍋に入れ、少々煮込んで鍋素麺として先ほど、昼に食べてみた。

食べやすいし、鶏だしの旨味も良く出ているし、ヘルシーだし、なかなかの昼ごはんタイムを過ごせた。最近、体調もとても良く、飯も美味いし、体重も82キロ台と増えないでいる。私にとっては、とても喜ばしいことである。

さあ、今晩は仲間との新年会がある。飲み過ぎないようにせねばならないが、〆の釜や麺は捨てがたい。今からとても楽しみである!

 
1月 17日(木) 益子焼共販センターと そば 明水(栃木県益子町)    

益子焼共販センターに行ってきた。街中を行き、大きなタヌキポンポコリンが左に見えたら、そこを入っていき、大きな建物が2棟ど〜んと正面に見えて来る。そこが共販センターである。

入って正面の大きな建物には、益子焼でも安めのものを販売している土産販売所。2階は観光バスなどが入ったときの大きな食堂となっている。入って左手の大きな建物には、高級物の販売コーナーと陶芸館。数百万円もするような大きな皿や、壺も展示してある。3階はやはりレストランとなっており、宇都宮餃子がビュッフェスタイルで食べられる。喫茶店なども併設されている。

さて、一通り見て廻った後、近くの そば明水 という蕎麦屋で食べてみた。3年ほど前にオープンした店だ。近くの芳賀産の蕎麦を女性店主自ら買い付け、また、自家製粉しているようだ。製粉機がどこにも見えなかったので、おそらく、店主自ら手挽き石臼にて挽いているのだと思う。出てきた蕎麦を見てそう思った。

11時から3時までの営業で、蕎麦がなくなり次第、売り切れゴメンとするようだ。おそらく手挽きで挽いていると、2k〜3K挽くのが精一杯ではないのだろうか? いずれにしても、たいへん美味しく、また、とてもレベルの高い蕎麦である。青黒いなかに細かい星が飛び、香りや味も濃い。手挽き石臼で何回も何回も振るいながら蕎麦粉を作っているのだろう。語弊あるが、岐阜や名古屋あたりの価格の安い小さな石臼で挽くよりも、手間隙はかかるがこのほうのが良い。そういう意味でこの店の女性店主に敬意を払いたい。

さて、1365円の盛り蕎麦と小海老のかき揚げ丼のセットを食べたのだが、つゆも美味しく、かき揚げの小海老が食感プリプリでとても心地よかった。この店は、日祭日にはとても込み合い、3時どころか、1時30分くらいに売り切れゴメンとなってしまうかもしれない。

さあ、益子焼見学と美味い蕎麦でエネルギーを補充して、その後は上三川まで行き、最近、工業団地に完成した日本で第二位の規模の同業者の工場を、外からであるが見に行った。さすがに規模が大きく、我が社とは雲泥の差であることを見せ付けられた。が、彼らには彼らの工業製品としての大量販売の蕎麦粉、我が社には家内工業としての手造りの蕎麦粉ということで、我が社には我が社のやり方、生きる道というものを再確認して、また、日々新たに頑張ろうと強く決意した次第である。

 
1月 16日(水) 手動式包丁切り器    

寒い時の間だけ、週末限定にて、私が手打ちした蕎麦を第二工場で販売しようと思っている。まあ、精々、10食か20食しか出来ないが・・・。 およそ、商売になどならないが、私自身の腕の向上と、粉の官能検査をするための試作ということも兼ねてである。そのようなわけで、どうせなら出来上がった蕎麦を、美味い手打ち蕎麦が食べたい!というお客様に安価にて販売しようということでもある。まあ、一石二鳥どころか三鳥ということにもなるのだろうか。

先ほどその手始めとして、究極の蕎麦粉500グラムに加水230CCのいわゆる加水率46%にて、蕎麦を打ってみた。延しのところまでは、まあ、蕎麦打ちも長年にわたり勤しんでいるので何とかなるが、切りが苦手でどうにもならない。私は包丁も左なので、そのへんのところが切りの下手さ加減になっているのかもしれない。

その解決策として、虎の巻、カンニングではないが、手動式包丁切り器を引っ張り出して切って見た。いやぁ、そうしたならば具合が良いことこの上ない。どうせ上手に細く切れないのならば、この「手動式包丁切り器」の力を借りるしかあるまい!

我ながら今までとは別物のような蕎麦が打てた。早速茹でて食べてみたが、とても美味しいシロモノであった。今までのように手で切っているときは、蕎麦が太かったり細かったり、茹でムラが多く、お世辞にも美味い蕎麦ではなかったが、ホントにきょうは別物で、蕎麦屋さん以上のような手打ち麺になった。最後に蕎麦湯で〆て、満足満腹納得のいく昼ごはんとなった次第である。

 
1月 15日(火) 蕎麦の価格の変動    

昼過ぎ都内の問屋さん見える。

日本はまだまだ玄蕎麦の需要の70%以上は、海外からの輸入に頼っている。弊社においても、ロール挽きの麺屋さん向けの安い価格の蕎麦粉は、輸入物が多い。

さて、その輸入物の大半を占める中国産物が、今年の1月より、中国側の穀物にかける関税が20%とのことで、何もしなくても中国から入ってくる玄蕎麦は、今までより2割価格が高くなる。今流行りのむき実においても、5%高くなる。さらに、この3月からは、穀物の輸出戻し税の廃止に伴い、5%が中国からの輸入玄蕎麦に課される。

昨年秋に小麦の値上げ、そして、年が明けての中国からの蕎麦に課せられる関税、いわゆる実質的な値上げ、それも、20%から25%もの大幅なもの。さらにさらに、この春以降、30%とも言われる小麦の値上げ、その後も秋にも再値上げがあるとも言われる。

以上のように、我が国の粉食業界には、波状攻撃的に「価格の値上げ」というミサイルが、それを取り巻く環境から放たれている。日本の主食は「米と麦」だが、こうも短期間に価格が高騰しては、我々が食べていくためにも、かなりの影響が出てくるのは必至である。

原油の値上げだけにとどまらず、今度は我々の生命を揺るがす「食」というものも、大きな価格変動の渦の脅威にさらされている。今こそ、この国の政治が、そのような我々の根幹に根ざす生命の活力源に対して手を施しても良いのではないのだろうか? 今こそ政治の力が試されることとなってきた。我々、末端の国民には、原油の値上げも、麦の値上げも、さらに、私の本業でもある蕎麦の値上げに対しても、どうすることもできない状況となっている。

と、そのようなこともその問屋さんと話し合った。日本一扱い量の多い、その玄蕎麦の問屋さんにも、この度重なる大幅な価格の値上げに対して何とか働きかけていただきたいものである。

私のように毎日蕎麦や麺類、それも多いときには3食とも蕎麦などというと、商売で蕎麦を扱っているので何とかなるが、昼飯などで蕎麦、それも立ち食い店や路面店などで食べている人にも、この春以降には、多少なりとも価格の吊り上げということで、影響が出てくることは否めない。(写真はきょうの昼飯の野菜カレー蕎麦と、昨昼の、だったんぶっ掛け蕎麦、どちらも美味しかった!)

 
1月 14日(月) 先生方と野球の試合    

昨日は先生方と野球の試合を楽しんだ。5イニング制だったのが、私たち保護者が1点負けていたので、泣きを入れて6イニングまで引っ張ってもらい、結局は4−3にて勝たせていただいた。

1枚目の写真は、下館のTくんと言って、国学院栃木高から首都リーグの帝京大に進み、昭和61年だったか、62年だったか、秋のリーグ戦で大活躍してベストナインに選ばれたほどの名選手である。昨日もライトフライを、素晴らしいステップ捌きで好捕していた。

2、3、4、枚目は巨漢私の写真である。現役時代より、15キロほど体重増えたが、まだまだバッティングではそこそこの自信はある。昨日も最後の6回の裏に1アウト満塁で廻ってきて、我が桃山中の監督の投じたインコースよりのまっすぐを叩き、ライトへ2ベースを打ち、サヨナラ打を打つことができた。とても気持ちよかった。その後、最後はみんなで記念写真を撮り、楽しかった野球の試合も無事終了の運びとなった。

その後は夕刻より、参加した先生方も含めて、下館の 高級割烹けやき にて新年会を開いた。いろいろ面白い話がたくさん出て、あっと言う間に時間が過ぎた。〆はその けやき 近くの一番亭というラーメン屋さんに行き二次会。またいろいろで盛り上がり、最後にラーメンを食べて楽しかった一日が終了した。

年初来の体調もすっかりベストになり、82キロ台まで落ちた体重も、ここ2〜3日の飲み食いで1キロほど増えてしまった。また今週は、少し節制して体重を減らそう!

 
1月 13日(日) 愛犬太郎死す!    

結局、愛犬太郎は昨日朝、6時50分に死んでしまった。病気になってからは、玄関の中で飼っていたのだが、朝起きて、外におしっこに行き、池の水を飲もうとして(池の水が好きでよく飲んでいた)、そのままバタンと倒れて死んでしまった。

来週火曜日にはまた医者に行き、手術をしようかどうか検討する段階だったのだが、そこまで持たなかった。13年とも15年とも言われる犬の寿命だが、その半分までいかない5歳6ヶ月にて死んでしまった。

午後、雨の降る中、近くの弊社の焼却炉の空き地のところに、穴を掘り埋めて簡単な墓を作ってやった。   太郎は娘の発案で飼ったのだが、その娘が朝にうちは寂しがってずっと泣いていた。残念だ。

さて、昨晩は草野球の仲間の新年会で、近くの 鳥気 という料理屋で新年会を開いた。鳥料理屋だが、どういうわけか、牛のしゃぶしゃぶ、殻つき岩牡蠣、さしみ盛り合わせ、串焼き盛り合わせ、〆の焼きそばなどに舌鼓を打ちつつ、焼酎田苑を飲む。年間に数回しか会わない仲間だが、話盛り上がりとてもよい時間を過ごせた。おまけに、下戸の人もいるので、その車に乗り、土浦まで二次会に繰り出し、〆は 24時間営業の幸楽苑のラーメン。290円の中華そばにしようとしたが、あまり安すぎて不味いと仕方ないので、390円の和風ラーメンにした。これが魚ダシが利いていて、かなりの美味であたりだった。

それにしても、この幸楽苑ラーメンチェーン店の安売り戦略には、甚だ恐れ入る。290円の価格設定など、どう考えても原価割れで赤字商品などに思うのだが、どのような仕入を含めた生産システムで経営しているのか、とても興味津々である。

何でも、神奈川県の秦野だか松井町だか、そのあたりに大きなセントラルキッチン方式の工場があり、そこを拠点に各店舗へ材料供給していると聞いたが、ここ最近の原材料の高騰をものともせずに、低価格路線をひたすら走っている。果たして、今度(この春以降)の大幅な小麦の値上げなどにはどのように対処していくのか、たいへん見ものである。

昨晩も見ていると、夜中の店の運営は、人間の数も2人体制にて行なっていたようである。もちろん水やお茶もセルフで、最低限の動きしかしないような2人による営業体制のようである。だが果たして、今後の人口減少や超高齢化社会において、このような24時間営業の低価格路線も、ずっと拡大路線を走ることができるのだろうか?甚だ疑問である。中華麺の消費も、もう日本国内だけ見ると、横ばいから減少へとなりつつあるのである。いつも言うが、そのような社会情勢のなか、麺類においてその消費が伸びているのは、「蕎麦」と「パスタ」のみである。つい最近の資料によると、平成13年には13万トンだった玄蕎麦の消費量も、昨平成18年には1万5千トン以上伸びて、15万トンに迫る勢いである!蕎麦の未来は明るい。

 
1月 12日(土) 泰旬庵 そば風 (石岡市上曽)    

昨年の5月にオープンした店だそうだ。先日、この近くを通った時に、看板に気が付ききょう入って来てみた。看板が出ているということは、けして通り沿いに立地しているのではなく、通りからは奥に入る。

店主は埼玉で店を開いていて、こちら八郷に引っ越して来たのだそうである。雰囲気も良いし、店からの眺めも良い。

さて、ざるそば700円を注文。さらに追加1枚400円も。普通、ざるそばというと、海苔がかかっているのが、ざるそばと思いがちだが、最近は、文字通り、ザルの上に盛られた蕎麦で「ざるそば」という店が増えてきた。

蕎麦文化の牽引車は「蕎麦屋さん」というのが、今までの流れだったが、ここ4〜5年、特に一昨年ぐらいからは、蕎麦文化の担い手は、「個人での趣味の蕎麦打ちの方たち」、このような自称蕎麦打ち名人の方たちが牽引しているように思う。

蕎麦屋さんに食べに行くのは、昼ごはんとしての食事的での意味合いか、または、自分で打った蕎麦のおさらい、復習、また、つゆの研究などなど、参考書的な意味合いでの訪問となっているような気がしてならない。だから、これからの蕎麦店営業もかなり競争激しく、確かな目を持った客たちに、はかりに掛けられるだろう。

そのような意味で、この 泰旬庵そば 風 はボーダーライン以上の店だと思う。地元で獲れた蕎麦を、JAで挽いてもらっているようだが、まだまだ蕎麦粉が雑で、キメが粗く(あら挽きではなく、挽けないキメの粗さ)、十分な蕎麦とは言えないが、そのようなやり方を店主が選んだので、それはそれで良しとしよう。ニハだそうだが、コシはあるが、蕎麦粉の雑さからか、甘みや香りはイマイチである。つゆは文句なしで美味しい。

弊社のせいろ蕎麦粉や丸うす蕎麦粉に、挽きぐるみあら挽き粉でもまぶし、ニハの配合率を外二か九一まで配合率を高めると、さらに蕎麦が美味しくなるのだが、あいにく弊社のそのような石臼粉も既存のお客様で一杯一杯である。

これは意外と蕎麦屋さんでも勘違いしていることが多いのだが、せっかくの地元の良い原料を、ただ地元のなんでもよい様な、雑穀屋さんなどに依頼して挽いてもらえば、それだけで最高の蕎麦粉が挽けたと思いがちだが、現実はそんな簡単なことではない。

石臼の自家製粉もそうである。今はなくなってしまった、群馬の石臼メーカーや岐阜や愛知のおもちゃに毛の生えたくらいの石臼で、良い蕎麦粉を挽こうと思っても、所詮、無理があるのである。要は、せっかくの良質な原料も、挽き方次第では台無しになってしまう・・そのようなことが多いのである。

この店も甚だ良い物を持っているだけに、そこのところが気になったというわけである。まあでも、いずれにしても美味しく、ボーダーライン以上の店であることに違いはない。これで、また、八郷が蕎麦の激戦地区になった。お互いに切磋琢磨しながら、蕎麦文化の担い手になっていって欲しいものである。

 
1月 11日(金) 合致点を見出せた!    

第一工場の木造家屋部分が、築40年以上経つものもあり、近々、建て替えが必要な状況と相成ってきた。まあ、このことは数年前からそのタイミングは見計らっていたのだが。

それにともない、第二工場の駐車場敷地に第三工場とすべく建物建設の準備は、昨年秋以降、進めていたのだが、ようやくここに来て、こちらの考えている予算と、建築業者との見積もりとの間に、合致点が見出せたので、来週には契約の運びとなった。

きょうは建築業者(実は私の同級生)と設計業者との打ち合わせにかなりの時間を費やした。この夏までには、その第三工場(建物だけで機械設置は後日)完成の目途がたった。実は昨年末には、見積もりができていたのだが、こちらの考えている予算よりも、かなり額が上回ってしまっていたので、その同級生の業者に無理を言って、かなり勉強してもらった。

今現在は、鉄骨はじめ、材料費が高騰しているので、かなり割高な感じはあるのだが、先々を見通しても下がる気配もないので、ここで勝負に出たということにもなる。 実は、このことを考えると、眠れない夜もあったのだが、どうにかお互い納得づくの合致点が見出せたので、これからは安眠できる日も多くなると思う。いや、是非そうしたい。

さて、昼飯はそのような合間を縫い、丸三蕎麦店に食べに行った。お腹もかなり減っていたので、食べ甲斐のある 天カレー蕎麦の大盛りとした。いつものように、相変わらぬ味を醸し出していた。美味しい物でお腹も満腹になり、午後は落ち着いて良い考えなどがいくつも閃いた。今年は 勝負の年 でもある!

 
1月 10日(木) 1月は用事が多し!    

我が家の愛犬太郎が、私ども飼い主の不注意により、病気にかかってしまい、いくら犬とは言え、家族の一員なので心配に付き、午前中、岩間町の病院まで出掛けて来た。昨日に続き、きょうが2回目である。犬も一緒に連れて行き、症状を見てもらい、注射や薬で様子を見ながら、先々は手術しか治る見込みがないようだ。ともかく、今は薬などで体調回復を見るしかない。

その後、家に戻り、私の大好物のペペロンチーノで昼食を摂り、(写真)さらにその後、第一工場事務所で、1月の予定を整理した。公私ともども用事が多く、見えるところの黒板に書き出してみた。学校関係の用事、新年会、仕事での長野出張、他に諸々、だいたい2〜3日に1回くらいは行事があり、そのような会合事もこなして行かなければならない。予定を黒板に整理したので、これで忘れることなく、無事に済みそうである。

そして、その後は千葉の茂野製麺の専務さまが、つくば市のカスミ本社に来たということで、弊社まで足を伸ばして来社され、麺の話、それに付随して新しい蕎麦粉提供の話など、小一時間ほど歓談する。

1月から2月は実質的な出荷を伴う仕事量は暇で激減するが、公私ともどもの会合他、かなりの用事事も多く、年初に体調を崩したことからも、程ほどに無理をしないで行こうと思っている。

 
1月 9日(水) 推薦入試の日    

 

 
1月 8日(火) 博多水炊きセット    

飯が旨くなってきた。いいねぇー、飯が旨いということは。そこに何よりの幸せを見つけ出すことができる。

さて、昨日の葬儀の後の小宴で、N先輩といろいろ食のことについて語り合った。N先輩は年上だが、今現在の立場は、真壁小の副会長なので私のサブ的存在となる。N先輩は私と同じ、自営業者である。鶏肉の加工販売、惣菜類の卸し小売りを本業としている。

様々な肉類がある中でも、鶏肉だけに絞って商いをしている。そういう意味において、弊社も様々な蕎麦の種類がある中で、「常陸秋蕎麦」という品種に力を注いで販売しているということでの、一致点を見出すことができる。あまりいろいろなものに手を出さず、焦点を絞って商いしているという意味での。  ある意味、そのような商いの仕方は、不器用な面もあるのだが、とことん突き詰める、「究極」ということにおいては、とても良いことなのだろう。私もそういうのが好きである。

さあ、そのN先輩の店の冬の看板商品に、「博多水炊きセット」なるものがあり、とても好評を得ているのだと言う。昨晩も、私たちの隣の宴席で、S石材店グループが新年会を開いていたのだが、そのS石材店の歳暮用としてもかなりのセット数をご購入いただいたと、N先輩が話している。

「カキヌマも是非一度食べてみろ!」と言う。とてもダシが利いて、鶏肉本来の味を堪能できるのだと言う。そう聞かされれば、食べなくては腹の虫が治まらぬ。そういうわでで、早速本日、N鶏肉店へ行き、購入して、晩御飯に「鶏鍋」を造り賞味してみた。

「マイウー」以外の何物でもないというのが、偽らざる食べてみての感想である。焼酎のレジェンドとの相性も抜群で、青森産の骨付き鶏肉も、グツグツと煮ると、骨まで食べることが出来る。青森産鶏肉が、「骨まで愛して〜♪」(古いなぁー)と囁いているようである。

いずれにしても、このような看板商品を作るということが、これからの激動の世の中を勝ち抜いていくための、必須条件であるということを、N鶏肉店の水炊きセットを食べてみて、改めて痛感した次第である。

 
1月 7日(月) 告別式    

朝飯を市販の冷凍食品の長崎チャンポンで済ませ仕事に入る。昼は久し振りに丸三蕎麦店の天鶏蕎麦の大盛り。550円だったか、600円だったか。今年になり少し値上げしたようだ。まあ、でも、今までが安すぎた。

午後は3学年役員君の葬儀に参列する。参列者多し。その後皆で、ラーメンとん太に移動して、故人を偲んで軽く一杯やる。軽く一杯のつもりが、2次会の釜屋食堂まで伸びてしまい、帰りはとうに夜になっていた。病み上がり且つ、アルコール抜きの体にビール、焼酎と飲んだので、結構酔っ払ってしまった。帰りはよく覚えていないが、9時か10時にはなっていたようだ。夕方前から飲んでいたので、かなりの長時間である。それにしても、〆の釜や麺が今年初で、とても美味だった。考えてみたら、きょうは米粒を一粒も食べないでしまった。

 
1月 6日(日) 飯が美味くなってきた!    

朝飯が美味くなってきたので、体調はほぼ完璧だ。鮭の味が良くわかるようになった。

午前中は地区のどんど焼きの準備で、2時間ほど草刈作業他、土方作業に時間を費やす。汗びっしょりとなり、また、病み上がりなのでとても辛かったが、まあ、良い汗をかけた。

その後ひとっ風呂浴びて、昼飯を にしむら蕎麦店 に食べに行く。今年初のにしむらだ。食欲も出てきたので、ネギトロ丼セットの冷たい蕎麦付き945円とした。ここにしむらは、いつも言うが、蕎麦も普通、他のメニューも特に傑出したものがないが、とにかく全体のバランスが良く、私はとてもここの味が好きである。

いつも満員ということではなく、パラパラとした客の入りだが、もう20年近く営業している。跡継ぎの息子さんも良い腕をふるっている。5段階の昔式の通信簿で言うと、ほとんどが3.8くらいなのだが、その普通さが結集されて全体のバランスの良さをつくり、チームワークとなり勝負している。スーパースターは居ないが、終わってみれば試合に勝っていたような・・・そんな感じの蕎麦店だ。

さて、その後は第二直売所に戻り、ウダウダと穏やかな日差しの午後を過ごした。そして、夕方からはPTA同僚君の通夜に出かけ、その後、缶チューハイと寿司で晩飯として、明日からの本格的な営業に備えた。

 
1月 5日(土) 見栄を張りザルとした!    

ちょっと所用で関城に出掛けたので、松栄庵という蕎麦屋で昼とした。私、ざるそば600円。一緒についてきた娘、カレーウドン750円。

ざるそばは海苔が邪魔なので、頼みたくなかったのだが、他に客がおらず、せいろの500円を注文するよりも、少しでも価格の張るものということでザルにした。まあ、言ってみれば売上げ協力である。別に弊社のお得意様ではないのでそんな気遣いしなくてもよいのだが、蕎麦屋さんの発展のためにもということで。

本来は体調良ければ、天せいろといきたいのだが、それができない悔しさのためにも、あえて価格の高いほうのザルとした。

味のほうは、蕎麦は普通中の普通だが、つゆがかなり旨かった。ダシ(鰹節)をたっぷりと使用しているのがよく分かる。娘から少しもらったカレーつゆも旨かった。丸三蕎麦店の次くらいの位置づけで。

その後は会社に戻り、事務所にて12月の反省と今後の展望を模索した。さらにその後、体調全回復を願い静養に当てた。

 
1月 4日(金) 体調悪化    

本日より第二工場直売所を開ける。とは言うものの、昨日も懇意にしているお客様が若干名見え、部分的には開けて仕事をしていたので、実質的には1日と2日だけしか休まなかったこととなる。仕事があるうちが華である。石臼も明日からの出荷に備え廻す。

午後は先日28日にお見舞いに行った真壁小3学年役員君が、やはり年が明けてからお亡くなりになり、そのお悔やみに、校長先生と一緒に行く。享年44歳、まだまだ早すぎる死である。何でそんなに急ぐのか。

一緒にいろいろやってきた仲間が、居なくなるということは寂しい限りである。一人っ子の3年生の子や奥様はじめ、ご家族の悲しみが痛いほど伝わってきた。6日の通夜と7日の告別式にも、多くの真壁小運営委員が参列してもらうように電話連絡網にて廻す。

その後、会社に戻るも体調すぐれず、我慢が出来なくなり、近くの医者に行き、注射と点滴を受ける。幾分回復するもまだまだ本調子ではないようだ。飯があまり美味くない。

 
1月 3日(木) 初打ち    

午前中は箱根駅伝を見て過ごす。瀬古解説者の予想通り、駒大が優勝した。さすがである。

午後は前の桃山中のGに行き、次男にバッティングをさせる。私が硬式ボールを100球ほど投げ、次男が打ち、長男に外野で球拾いさせる。

最近、次男もタイミングの取り方を変えたため、以前よりも飛距離と打球が早くなった。前は、投球が身体の前に来るよりも早く右足をすり足で引き、ボールを待っていたが、これだとスゥエーしやすく、また、体幹も崩されやすいので、なかなか不十分なバッティングであった。

ところが最近は、ボールを呼び込めるだけ呼び込んで、最後に右足を引くのではなく、少し上げて左の軸足にタメを作り打つようにした。そうしたら、見違えるように安定して、打球と飛距離が伸びるようになった。本人も今の打ち方がどうやら板に付いたようで、納得してバッテイングをしているようである。イメージとしては、ジャイアンツの高橋ヨシノブと阿部のバッティングをミックスさせた打ち方のようである。このほうのが良い。

桃山中のGは両右翼のポールまで90メートルあるのだが、ライトのその先にあるソフトの内野のところまでノーバウンドでの飛球を何本か飛ばしていたので、あきらかに以前よりは体の力がバットスイングに伝わっているようである。水戸市民球場でも右中間に数本スタンドインする打球を飛ばしていた。

ともかく高校では、腕に自信のある者しか入部して来ないので、他チームに勝つ前に、自チームの選手に勝たないと話しにならない。3年間球拾いで終わるのも辛いだろうし、やはり、人より抜きん出るためには練習しかない。それも無駄な練習ではなく、有意義な練習で!

夜は体調もほぼ回復したために、外食に出掛ける。いつも空いてるデニーズ・下館店へ。子供達に言わせると、デニーズは価格が高い為に、若い人には人気がないと言う。ココスやガストのほうのが断然人気があるのだそうだ。

写真のセットは1680円なので十分安いとは思うのだが。でも、きょうもかなり店内は空いていた。なので、昨年まで真壁小の教務主任の先生の一家が総勢10名以上で来店したが、(思いもかけないところでの再会で新年の挨拶をする)すぐに着席できたほどである。

私は外食する場合の店は空いている店が好きである。ゆっくりと落ち着いて食べられる。だから、ここデニーズにはちょくちょく出掛ける。しかも美味しいのでなおさらである!

 
1月 2日(水) 笠間稲荷へ    

幾分体調持ち直すも、まだまだ本調子にならず。午後は無理やり起きて、皆と笠間稲荷へ向かう。人・人・人の波である。ここ笠間稲荷は、確か県内では鹿島神宮についで、2番目の人の多さだったように記憶しているが。

帰りは寿司が食べたかったので、回転寿司に寄るも、満席で時間がとてもとてもかかりそうで、(なにせ、総勢10名で出掛けたので)そこは諦め、近くの笠間イオンの蕎麦屋で食べる。「むさし」という店。確か、埼玉N製粉の蕎麦粉使用だったと記憶している。

鴨汁蕎麦を食べる。美味しかったが、体調不十分な分、味がぼけていた。味覚中枢もまだまだ本物ではないようだ!

 
1月 1日(火) 寝てよう日    

昨晩夜半過ぎから、悪寒と下痢に見舞われる。朝起きたなら、最悪のコンデシヨンである。とりあえずは起きて行動しようとしたが、身体が付いて来ずまた布団に戻る。

せっかくのおせち料理も一箸つけただけで食べられず。  あぁ、最悪の2008年の幕開け。

その後はずぅっ〜と寝る。どうやら風邪をひいたようである。きょうはそのようなわけで、寝てよう日である。

 
HOME  TOP
カレンダー
2008年 1月
    1 2 3 4

5

6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
 前月   翌月 
過去の記事
  2007年12月
  2007年11月
  2007年10月
  2007年09月
  2007年08月
  2007年07月
  2007年06月
  2007年05月
  2007年04月
  2007年03月
  2007年02月
  2007年01月
  2006年12月
  2006年11月
  2006年10月
  2006年09月
  2006年08月
  2006年07月
  2006年06月
  2006年05月
  2006年04月
  2006年03月
  2006年02月
  2006年01月
 
 
プロフィール
【名前】 柿沼 勝雄
【血液型】 A型
【星座】 いて座
【趣味】 野球・仕事
【性格】 まじめ・頑固
【好物】 麺類・イカの塩辛